東京地方裁判所 昭和43年(行ウ)53号 判決 1970年7月02日
原告 梁信雄
被告 東京入国管理事務所主任審査官 川原謙一
訴訟代理人 樋口哲夫 外七名
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求める裁判
一、原告
「被告が昭和四三年一月一三日原告に対してした退去強制令書発付処分を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決。
二、被告
主文と同旨の判決。
第二当事者双方の主張
一、原告主張の請求原因
(一) 原告は中華民国台湾省に本籍を有する中国人であるが、日本電子工学院に研究生として招へいされ、昭和三八年一一月一〇日出入国管理令第四条第一項第一六号、特定の在留資格及びその在留期間を定める省令(昭和三七年五月一二日外務省令第一四号)第一項第三号該当の在留資格により本邦に入国し、昭和四〇年一〇月右学院の教科課程を修了後も引続き同学院において研究を続けていたので、在留期間更新の申請をし、昭和四二年四月二三日まで在留を許可された。
(二) 原告は次いで電子工学に関する実務修練を重ねる必要があるとして、同月中、さらに一年間の在留期間更新の申請をしたが、同年七月一日不許可の通知を受けた後、同年一一月六日には入国審査官から出入国管理令違反容疑で取調べを受け、同令第二四条第四号口に該当すると認定されたので、これに対し口頭審理の請求をしたところ、同年一一月二四日特別審理官から右認定に誤りがない旨の判定を受け、同月二五日法務大臣に異議の申出をしたが、昭和四三年一月一三日右申出には理由がない旨の裁決の通知を受けるとともに同日被告から退去強制令書の発付を受けるにいたつた。
(三) しかし、右退去強制令書の発付処分は違法であるから、その取消しを求める。
二、被告の主張
(一) (答弁)請求原因(一)の事実は原告の日本電子工学院における教科課程修了の日時及び原告がその後引続き同学院において研究を続けていた事実を否認し、その余を認める。原告が右学院の教科課程を修了したのは昭和四一年三月である。同(二)の事実は認める。
(二) (抗弁-処分の違法性)
1 原告は昭和三九年四月から昭和四一年三月まで日本電子工学院に在学したが、その後は同年九月まで神奈川県逗子市所在の新興工業株式会社及び東京都大田区所在の東日電子機器株式会社に日給をえて勤務し、同月から昭和四二年四月まで実兄である歯科医師の手伝いをするなどして過し、同月から同年七月まで学校法人として認可されていない東京都豊島区所在の東京電子計算機学院に月額一五、〇〇〇円の給与をえて勤務していた。また、同月以降今日にいたるまで東京都大田区所在の東菱電子工業株式会社に月額二六、〇〇〇円の給与をえて勤務している。もつとも、東京電子計算機学院及び東菱電子工業株式会社には研究員名義で在籍したが、それは原告実父梁長江が原告の本邦滞在(在留特別許可)を容易にするため就職先との間で取りきめた形式上の名称にすぎず、その勤務の実態は一般工員ないし従業員のそれと同様のものであつて、格別技術的あるいは学問的な研究活動を目的とするものではなかつた。
2 しかし、原告の入国目的及び本邦在留許可の理由は、もともと、わが国の専門学校において電子工学院の研究をするにあつたのであるから、原告が日本電子工学院の教科課程を修了して就職した昭和四一年三月をもつて消滅したといわなければならない。
3 これがため、法務大臣は原告から昭和四二年四月中になされた在留期間更新の申請につき同年七月一日これを不許可としたものである。その結果、原告は同年四月二三日在留期間の経過とともに、出入国管理令第二四条第四号口所定の不法残留者に該当するにいたつた以上、原告が本邦から退去を強制されるのは当然であり、従つて、原告に対する退去強制令書発付処分にはなんらのかしもない。
三、原告主張の再抗弁(裁量権行使における違法の指摘)
原告に対する本件退去強制令書発付処分は原告が入国審査官から出入国管理令第二四条第四号に該当すると認定されたことに対してなした異議の申出につき法務大臣がなした前記裁決に伴い法律上必然的に要求される後続行為としてなされたものであるから、もし、法務大臣の右裁決に違法があれば、その違法を承継すべき筋合である。ところが、法務大臣の右裁決は次の理由で違法であるから、右退去強制令書発付処分も違法たるを免れない。
(一) そもそも、法務大臣は出入国管理令第二四条該当の認定に対する異議の申出について裁決するに当つて、異議の申出に理由がないと認める場合でも、その容疑者が「かつて日本国民として本邦に本籍を有したことがあるとき」、「その他法務大臣が特別に在留を許可すべき事情があると認めるとき」(出入国管理令五〇条第一項第二号、第三号)には、その者の在留を特別に許可することができる定めである。
(二) そして、原告には右にいう在留の特別許可を与えられるべき事情がある。すなわち、
1 原告は現在の台湾政府の支配国内に出生したものであるが、台湾は一八九五年発効の日清講和条約により約五〇年間日本国の統治下にあつた。そして、台湾の人民はその間日本国民として取扱われ、日本国民と同様の権利義務を亭有していたが、一九四五年終戦とともに再び日本国籍を失なつたものであつて、その点で日本国と特殊な関係にあつた。
2 原告は終戦まで日本人として日本式の教育を受け、日本の兵役にも服したことがある。また、その父は日本の統治時代長く台湾教育会に尽し、功積により日本政府から叙勲も受けたことがあり、長兄、次兄も現在まで三〇年余り在日し立派な社会生活を送つているが、日本の兵役にも服したことがある。
3 原告は入国の目的たる専問的な学門技術の研究がいまだ中途にあるから、在留を認められないときは、その目的を達することができなくなる。
4 原告は日本に入国以来、ひたすら勉学研究に励み、正しくかつ穏かな生活を続け、その間公安や公益を害したことがなく、また今後その恐れが全くない。
5 原告は現在の台湾における政治的、思想的対立関係には関与していないから、日本国と台湾政府との間の外交上、国際上の問題を惹起するような行動をするおそれがない。このことは駐日中国大使館が原告の在留延長について異議がなくこれを許可している点からも明白である。
(三) ところが、法務大臣の前記裁決はかような事情を無視して原告に特別在留許可を与えなかつたものであるから、現行憲法の採用している平和主義、人道尊重主義、国際協調主義の基本理念に照すときは、明らかに裁量権を逸脱し、もしくは濫用したものであつて、違法というべきである。
四、被告の主張(再抗弁に対する答弁)
(一) 元来外国人の入国ならびに滞在の許否は国際慣習法または特別の条約が存しないかぎり各国家がそれぞれ自由に決しうるところであり、その意味において、出入国管理令第五〇条に基き在留の特別許可を与えるかどうかは法務大臣の自由裁量に属するものである(最高裁判所昭和三四年一一月一〇日判決、民集一三巻一二号九三頁)。しかも在留の特別許可は国際情勢、外交政策等も考慮のうえ法務大臣の責任において決定さるべき恩恵的措置である以上、その裁量が許される範囲はきわめて広いものでなければならない。
(二) ところが、原告は前記のように昭和四一年三月日本電子工学院の教科課程を修了と同時に入国目的を達し、その後は就職して稼働しているものであつて、原告主張のように学問研究の途上にあるものではない。しかも、原告は右学院事務局長に依頼して、引き続き同学院に研究員として在籍している旨の虚偽の証明書の発給を受けて東京入国管理事務所に提出し、在留期間の更新許可を受けた事実がある。従つて、このような事情のもとにおいて法務大臣が原告に在留特別許可を与えなかつたからといつて、裁量権を逸脱もしくは濫用したものといえないことは明白である。
第三証拠関係<省略>
理由
一、中華民国人たる原告が昭和三八年一一月一〇日出入国管理令第四条第一項第一六号、特定の在留資格及びその在留期間を定める省令(昭和三七年五月一二日外務省令第一四号)第一項第三号該当の在留資格により本邦に入国し、その後、法務大臣により在留期間の更新を受け、昭和四二年四月二三日まで在留を許可されていたこと、原告が次で同月中、法務大臣に対しさらに一年間の在留期間更新を申請したところ、同年七月一日付をもつて不許可の通知を受けた後、昭和四二年一一月六日には入国審査官から出入国管理令違反容疑で取調べを受け、同令第二四条第四号口に該当すると認定されたので、これに対し口頭審理の請求をしたが、同年一一月二四日特別審理官から右認定に誤りがない旨の判定を受け、同月二五日法務大臣に対し異議の申出をしたところ、昭和四三年一月一三日右申出には理由がない旨の裁決の通知を受けるとともに、同日被告から退去強制令書の発付を受けるにいたつたことは当事者間に争いがない。
二、そして、右事実によれば、原告は昭和四二年四月二三日の経過とともに、出入国管理令第二四条第四号口に該当するにいたつたものであるから、これに合致する入国審査官の右認定および特別審査官の右判定ならびに法務大臣の右裁決中の判断はいずれも正当であるというべきところ、同令第四九条第五項によれば、被告は法務大臣から特別審査官の判定に対する異議の申出が理由がないと裁決した旨の通知を受けた場合、すみやかに当該同令違反の容疑者に対し退去強制令書を発付すべきことを義務づけられているから、被告が原告に対してなした右退去強制令書発付処分は一応適法になされたものと考うべき筋合いである。
三、ところが、出入国管理令第四五条ないし第五〇条によれば、外国人につき同令第二四条各号該当の有無に関してなされた入国審査官の認定に誤りがないとした特別審理官の判定に対し当該容疑者がなした異議の申出に基づき法務大臣がなす裁決は右申出の理由の有無を判断する部分においては、入国審査官の認定なる原処分に対する不服審査にあたるが、異議の申出に理由がないと認める場合でも、一定の事由が存するとき当該容疑者に対してなしうる在留の特別許可に関する部分においてはもはや不服審査の域を脱し、裁量による独立の処分に属し、その裁量にして法の認める範囲をこえ、またはこれが濫用にわたるときは、右裁決が固有の瑕疵を帯びるものであり、また前記のように右裁決は異議の申出に理由がない趣旨の場合には被告に退去強制令書の発付を法律上義務づけるものであるから、右裁決における固有の瑕疵の違法性は法律上必然の後続行為たる退去強制令書発付処分によつて承継されると解するのが相当である。
そこで、法務大臣が原告に対してなした本件裁決につき原告指摘のような瑕疵が存するか否かを考えてみる。原告は「かつて日本国民として本邦に本籍を有したことがあり」(同令第五〇条第一項第二号)、また「法務大臣が特別に在留を許可すべき事情がある」(同項第三号)のに、右裁決においては、これが無視された結果、在留特別許可が与えられなかつたと主張する。
しかし、同令第五〇条第一項第二号にいう「本邦」とは「本州、北海道、四国及び九州並びにこれらに附属する島で法務省令で定めるもの」に限られ(出入国管理令第二条第一号参照)、台湾を含まないところ、原告が台湾に本籍を有したにすぎないことは原告の主張自体によつて明らかであるから、原告が同令第五〇条第一項第二号に該当するものということはできない。
次にまた、同項第三号に「法務大臣が特別に在留を許可すべき事情があると認めるとき」とはもとより具体的な事案に即して、個別的に定めるほかないこというに及ばないが、本件につき当事者双方の提出援用した全証拠をもつてしても、法務大臣が本件裁決をなすにあたり右のような事情の存否を判断するのに基礎とした事実の全部または一部に認定の誤まりがあり、もしくは当然右判断の基礎となすべき事実を看過し、その事実の誤認または看過が、もしなかつたとすれば、法務大臣において原告に在留の特別許可をしたであろうとみるに足るものであつたという特別の事情の介在を肯認することはできない。さればとて、法務大臣が右裁決にあたり基礎事実の評価または特別許可の裁量を誤つた結果、同号所定の事情がないと判断したとみられるか否かの点を考えてみても、同令第五〇条第一項は外国人の在留特別許可につき法務大臣に広範囲の裁量権を与えたものと解される以上、問題が肯定されるのは法務大臣の裁量が甚だしく人道に反するとか、著しく正義の観念にもとるとかいうような場合に限るものと解すべく、原告に当時、その主張の諸事実が存したというだけでは、いまだ法務大臣の裁量権の逸脱ないし濫用があつたことを肯定するに足りないのである。
そうだとすれば、法務大臣が原告に対してした本件裁決にはなんらの瑕疵がなく、従つてまた、被告がこれに基づいてなした本件退去強制令書の発付処分にも違法の承継はなかつたというほかはない。
四、よつて右処分の取消しを求める原告の本訴請求を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条に従つたうえ、主文のとおり判決する。
(裁判官 駒田駿太郎 小木曾競 山下薫)